保育ニュースまとめブログ

保育に関連するニュースや記事をまとめたブログです。保育士さんや幼稚園教諭さん、子育て中の保護者の皆さん、保育に関心をお持ちの方々にぜひ読んでいただきたいです。

子育て支援は「労働生産性・経済成長率・出生率」を高め「子ども貧困率・自殺率」を下げる 柴田悠/社会学・社会保障論

 「子育て支援」(保育サービス・産休育休・児童手当など)は、社会にどのような影響をもたらすのでしょうか。それについては、「女性の労働参加が促される」「出生率が上がる」「子どもの貧困が減る」などの政策効果が期待されてきました。しかし、それらの政策効果をデータに依拠して統計学的に推定しつつ、それらの「相互影響関係」や「波及効果」を推定したり、他の政策と「効果の大きさ」を比較したり、といった広範な効果の実証研究は、管見のところこれまでありませんでした。

 そこで筆者は、そのような広範な政策効果の研究を、試行錯誤しながら試みてきました。本稿では、その研究の最終的な成果を、できるだけコンパクトに紹介したいと思います。(なお、この研究成果の詳細については、拙著『子育て支援が日本を救う――政策効果の統計分析』にまとめられている。)

子育て支援の効果とは 

 本研究は、日本・欧米を含むOECD28ヵ国の1980~2009年(主にはデータが揃いやすい2000年代)の国際比較時系列データを用いて、「どのような政策が、その国をどのように変えるのか」を分析したものです。その結果、日本を含む先進国での平均的な傾向として、「子育て支援(とくに保育サービス)は、その国の労働生産性・経済成長率・出生率を高め、子ども貧困率・自殺率を下げる」という傾向が見出されました。また、「子育て支援以外の政策は、労働生産性などに対して効果がないか、あるいは、あったとしてもその範囲がかなり限定的である」ということもわかりました。

 さて、本研究で見出された先進国の平均的傾向は、「子育て支援(とくに保育サービス)は、労働生産性・経済成長率・出生率を高め、子ども貧困率・自殺率を下げる」というものです。「労働生産性・経済成長率・出生率の低さ」や「子ども貧困率・自殺率の高さ」は、日本社会が今まさに抱えている問題です。

 すると、上記の平均的傾向が今後の日本でもある程度当てはまるとするならば、子育て支援が拡充されれば、日本での労働生産性・経済成長率・出生率が上がり、子ども貧困率・自殺率が下がると予測されます。つまり、日本社会の抱えている問題が解決に向かうと考えられます。ここから、本研究の結論として、「子育て支援が日本を救う」という結論を導くことができます。  

 

「保育サービス」の経済効果(2.3倍)は「公共事業」(1.1倍)よりも大きい

 ここで、本研究の具体的な成果を、簡単に紹介したいと思います。

 まず、本研究で得られた分析結果を一つのフローチャートにまとめると、図1のようになる。この図での矢印は、「偶然では説明しがたい(=有意な)傾向」が見られたことを意味します。ただしそれは、「国や時期によって傾向はまちまちかもしれないが、平均して見ればこのような有意な傾向が見られた」ということにすぎません。そのため、たとえば「日本」だけ(あるいは「一部の時期」だけ)で見れば、逆の符号で有意な傾向が見られるかもしれないし、あるいは何も有意な傾向が見られないかもしれません(「出生率」と「自殺率」の分析ではデータが十分に豊富なのでその点をチェックできている)。

図1 OECD28ヵ国1980~2009年のデータで見られた傾向  

f:id:wataru-hojo1111:20160722194833p:plain

△出典:SYNODOS

 つぎに、図1で示された分析結果の一部を使って、「保育サービス」と「児童手当」の政策効果の一部をまとめると、図2のようになります。

図2 「保育サービス」と「児童手当」の政策効果の予測値(一部)

f:id:wataru-hojo1111:20160722194900p:plain

△出典:SYNODOS

 図2によれば、「保育サービス」をGDP比0.1%(0.5兆円)だけ拡充すると、経済成長率は0.28%ポイント増える見込みとなります。この0.28%のうち、数年以内に上昇する分は0.23%、数十年単位で長期的に上昇する分は0.05%と見込まれます(この短期/長期の区別はあくまで理論的な解釈による)。

 乗数効果(経済成長率に対する政府支出の投資効果)で見ると、「保育サービス」の乗数効果は短期的には2.3倍となります。この数字は誤差が大きいので単純に比較はできませんが、「公共事業」の乗数効果は1.1倍、「法人税減税」の乗数効果は0.5倍であることを考えると、「保育サービス」の乗数効果はそれらよりも大きいと期待できます。

 他方で、「保育サービス」を0.5兆円分拡充すると、子どもの貧困率は数年以内に0.8%減る見込みです(さらに、「児童手当」0.5兆円分拡充と合わせれば、子どもの貧困率は1.4%減る見込み)。

 このように「保育サービス」は、経済成長だけでなく、子どもの貧困の解決にもつながると見込まれます。右派が求める経済成長と、左派が求める貧困連鎖予防の、両方に対して「保育サービス」は貢献することができます。つまり、「保育サービス」は、右派と左派の合意点になりうるのです。そこから、苦境にあるこの日本社会を救う道が、拓かれていくのではないかと期待できます。

 財源は相続税などの「小規模ミックス」で

 では、財源はどうするのでしょうか。1兆円や数兆円規模の財源であれば、「相続税の拡大」「資産税・所得税の累進化」「被扶養配偶者優遇制度の(低所得世帯への)限定」などを小規模ずつで組み合わせることで、十分に現実的に確保できると考えられます。

 たとえば、「相続税の拡大」については、基礎控除額(現在は3,000万円+600万円×法定相続人数)を仮に「配偶者2000万円+子ども一人当たり100万円」へと引き下げて、税率(現在は10~55%)を仮に「一律20%」とすると、年間「平均約2.8兆円~最大約7.9兆円」の税収増が見込まれます。税率を累進化すれば税収増をさらに増やすことも可能です。

 相続税拡大については、「タックスヘイブンへの資産国外逃避」「中小企業事業継承」「国際的二重課税」についての問題も指摘されているが、法的に適切に対処することで問題を小さくすることは可能でしょう。また、「投資減少」という問題も指摘されているが、(投資行動が活発な)超富裕層においてはむしろ減税となるため、投資はむしろ増えるかもしれません。

 また、「資産税の累進化」については、仮に「純資産総額が1億円以上の世帯」(267万世帯)から一世帯当たり毎月3万円を追加徴収すると、年間「約1.0兆円」の税収増が見込めます。

 さらに、「被扶養配偶者優遇制度(所得税・住民税の配偶者控除配偶者特別控除国民年金・健康保険の被扶養配偶者保険料免除)の限定」については、被扶養配偶者の優遇対象世帯を「世帯年収下位70%(世帯年収約800万円以下)の世帯」のみに限定すれば、年間「約1.1兆円」の税収増が見込める。103万円・130万円などの壁を無くすために控除額をなだらかにすることも、制度設計によっては可能でしょう。

 以上の3つの財源策をそのまま組み合わせれば、年間合計「約4.9~10.0兆円」の税収増が見込めます。したがって、3つの財源策を、そのままの規模ではなく、ごく小規模ずつで組み合わせれば(小規模ミックス)、1兆円や数兆円の財源は十分に現実的に確保できるでしょう。小規模ミックスであれば、制度変更の副作用リスクを分散できることもメリットです。

 このように財源が確保できるとなれば、あとは私たちの「選択」の問題となります。つまり、有権者・政治家・官僚が超党派で、「(保育サービスなどの)子育て支援を拡充するかどうか」について、熟議し、合意形成するだけですだ。これからの日本社会が苦境から救われるかどうかは、その合意形成にかかっているといえるでしょう。