保育ニュースまとめブログ

保育に関連するニュースや記事をまとめたブログです。保育士さんや幼稚園教諭さん、子育て中の保護者の皆さん、保育に関心をお持ちの方々にぜひ読んでいただきたいです。

とにかくお母さんは忙しい--子どものプリント整理アプリ「おたよりBOX」誕生秘話

多様化するユーザーニーズにどう応えるかということは、デジタルサービスを開発する上で非常に重要なテーマです。しかし、だからと言ってあらゆるニーズに応えるために多機能で複雑なサービスを開発すると、本質がぼやけてしまいユーザーからの賛同は得られません。多様性に潜む“本当のニーズ”を見極め、その1点を突破できるサービスを開発したほうが、支持を得られる場合が多いように思えます。

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△出典:CNET JAPAN

「おたよりBOX」

 ニフティが2015年4月にリリースしたアプリ「おたよりBOX」は、その好例のひとつと言えます。保育園・幼稚園や小学校、習いごとなどで配布される保護者向けのおたよりやお知らせといったプリントを、スマートフォンで撮影して整理できるアプリです。撮影した画像は、読みやすいように自動で台形補正されるほか、メモやアラームをつけられる機能や、兄弟がいる家庭向けに子どもごとに管理できる機能などを搭載。リリースから1年余りでユーザー数は18万人を超え、“今まさに子育てをしている人”という明確なターゲットから着実に支持を得ています。

 おたよりBOXは、なぜ子育てをしているユーザーから支持を得ることができたのでしょうか。そのエピソードから、スマートフォン向けサービス成功のカギを探ってみたいと思います。ニフティ WEBサービス事業部スマートデバイスサービス部の部長である長谷川晃司氏と、同じ部署でおたよりBOXを開発したプロデューサーの西尾裕気氏に聞きました。

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ニフティ WEBサービス事業部スマートデバイスサービス部の部長である長谷川晃司氏(左)とプロデューサーの西尾裕気氏(右) 出典:CNET JAPAN

 

原案を現場で検証し、再構築することから生まれた「おたよりBOX」

――まずは、ニフティ子育て支援のサービスを開発することになった背景と、「おたよりBOX」が生まれた経緯を教えてください。

長谷川氏 ニフティでは、スマートデバイスが普及する中で、自社の会員にこだわらず広く世の中のニーズに応えられるサービスを生み出したいという考えのもと、さまざまなサービスを開発してきましたが、その中で2年ほど前から「家庭の課題解決に繋がるスマートフォンアプリの開発」というテーマに取り組んできました。

 おたよりBOXは、実は最初から“子育て支援”というテーマに絞って考えていたわけではありません。家庭にスマートデバイスが普及していく中で、アプリを通じてどのような課題を解決できるのか、いろいろと考える中で西尾からおたよりBOXの原案が出され、トライすることにしたのです。最初から“子育てをどうにかしよう!”という強い動機があったわけではなかったというのが正直なところです。

西尾氏 その原案も、実は今のおたよりBOXの形ではありませんでした。もともとは保育園と保護者との間でやりとりしている紙の「連絡帳」をオンライン化できたら面白いのではないかという発想で企画を考えていました。しかし、実際に保育園などを訪問したり、社内のママ社員にヒアリングしてみたりすると、双方ともにかなりハードルが高いことがわかったのです。保育園側には情報セキュリティに対する不安や保育士のリテラシーの課題などがあり、保護者にはまだ完全にスマートフォンが普及していない現状があったわけですね。

 そうして企画は一度ペンディングになったのですが、ちょうどそのころ、社内のヒアリングから「(保育園や小学校で配られる)プリント整理がとても大変だ」「冷蔵庫に貼っているけれど、探すのが大変」という声が多く聞かれ、このニーズに応えたら面白いのではないかと方向転換をした結果、おたよりBOXの形ができあがったのです。


「おたよりBOX」誕生の経緯を説明する長谷川氏

長谷川氏 連絡帳の電子化はすでに他社がサービス化していますが、実際に保育の現場に話を聞いてみると、双方向のサービスはまだちょっと早すぎるのではないかという印象だったのです。私も、子どもが去年から保育園に通うようになったのですが、送り迎えなどで実際に現場を見て、あらためて電子化の難しさを実感しました。保育士さんが忙しく子どものケアをしている中では、デジタルよりも紙のプリントのほうがスムーズに情報伝達ができていたのです。

西尾氏 とはいえ、(プリントの整理に)困っている人がいるという現状ははっきりしているので、まずは保護者の課題解決に焦点を絞って、紙のプリントを電子保存して整理できるサービスを作ってみようということになりました。スモールスタートしてみて、実際に利用が生まれるかを検証してから次のステップを考えようということで、iOS版から開発をスタートしたのです。企画が固まったのは2014年の12月だったのですが、翌4月の新学期には間に合わせたいということで、3カ月という短い開発期間でサービスを完成させました。

 

――その発想の転換がサービス成功の大きな要因なのかもしれないですね。新しいサービスを作ろうとした時には、さまざまな機能や付加価値を持たせたり大きなビジネスモデルを描いたりして“絵に描いた餅”になることが多いですが、現場の声を実際に聞いて「ここまではできないな」という線引きができたことで、シンプルに中核機能に集中できたのではないでしょうか。

西尾氏 確かに、最初は保育園などの施設を起点にしてサービスが広がっていく構想を“思い込み”で考えていたのですが、実際に10カ所ほど施設を回ってみると、実情が見えてくるわけです。「課題意識はあるけれど、(導入するのは)難しいんだ」という保育園の声はとても多いわけですね。加えて、私がそうした“思い込み”で突っ走っていたところに、長谷川が「もう少し落ち着いて考えてみよう」とアドバイスをくれたことも大きかったですね。それで保護者の課題解決のためのサービスを徹底的にシンプルに提供するという方向に振り切れたのだと思います。

 

――では、具体的に「おたよりBOX」はどのような開発思想で生み出されたのでしょうか。紙を電子化する製品はすでに数多く存在すると思いますが、どこに差別化を持たせたのでしょう。

西尾氏 ヒアリングしてわかったことは、とにかくお母さんたちは忙しいということ。忙しい人でも簡単に使えることを基本コンセプトとして、スマートフォンで写真を撮るだけで保存できるサービスにしました。実は保育園の掲示板や配られたプリントをスマートフォンで撮影して保存しているお母さんは多いです。なので、そうした日常の行為にエッセンスを加えて、カメラロールで探す手間を省いて(撮影したプリントを)簡単に管理できるアプリにしようという着想で開発しました。


△「おたよりBOX」の開発コンセプトを説明する西尾氏 出典:

 他社との差別化については、とにかく機能をシンプルにしたことですね。実はいま“写真で情報を整理するサービス”という共通点で、おたよりBOXは「Evernote」と比較されることが多いんです。ですが、ヒアリングしてみるとEvernoteは非常に多機能でどんなことでもできる一方、機能が複雑すぎてどう使えばいいのか分かりにくいという声もありました。その点、おたよりBOXはカメラで撮影して整理するという機能に絞られていますが、分かりやすかったのではないかと思います。

長谷川氏 当社では、おたよりBOXに限らず、スマートフォンアプリはとにかく機能をどれだけ削れるかが重要だと考えています。いろいろな機能を盛り込むと、ユーザーに「めんどくさい」と思わせてしまうからです。アプリは使われなくなったらそこで終わりなので、いかに機能を絞り込めるかが重要で、特に多忙なお母さんを対象にしたおたよりBOXでは、この点を重視しました。

 今でこそ、少し機能追加をしていますが、初期のおたよりBOXは機能だけを見ると、言葉は悪いですが“しょぼいEvernote”みたいなサービスでした(笑)。ただ、ニーズに的確に応えるために機能を徹底して削ぎ落としたことで、使い勝手が生まれたのではないかと思います。

――開発ではどのような工夫をしているのでしょうか。

長谷川氏 お母さんのためのサービスということで、新しい機能を考案するたびに社内のママ社員にヒアリングをして、必要性や使い勝手についてダメ出しをもらっています。その声はサービスに多く取り入れられていて、特に開発者が気づかないような細かいところに反映されています。

5月10日のアップデートでは、カレンダーから直接カメラを起動してプリント保存できる機能が追加されました。

西尾氏 たとえば、ママ向けサービスだからと配色をピンクにしてママ社員に見せてみたら、「女性向けだからって、なんでもピンクにすれば喜ぶってものじゃない」と怒られたり、「でも、さりげない可愛らしさや遊び心がないとダメ」と意見をもらったり。これによって開発者の先入観と実際ユーザーが感じることのギャップを埋めることができ、毎日使ってもらえるサービスが生み出せたと思います。

 おたよりBOXでは子どもの写真をアイコンにして、子どもごとにプリントを整理できるのですが、そこに残したメモ書きを子どもの写真から吹き出しで表示させる点や、撮影したプリントを一覧表示する際に、プリントのタイトル部分を切り取ってサムネイルにしている点などは好評ですね。

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△保存されたプリントは、タイトル部分の拡大サムネイルで確認できる。出典:CNET JAPAN

長谷川氏 「毎日使ってもらえる」というのは、アプリの利用継続率や利用後のアンインストール率に非常に大きな影響を与える要素なので、細かいところをどこまで詰めていけるかという点にはこだわりました。おかげで、現在アプリダウンロード数は約18万ですが、30日後の利用継続率は60%以上と、ユーザーに定着していることを実感しています。

西尾氏 現在も、3カ月に1度のペースで、ユーザーにヒアリングをしてサービスの改善に役立てています。ユーザーの声をすべて盛り込んでしまうと製品が肥大化して使い勝手が悪くなってしまうので、どこまでその声を取り入れるかという見極めが難しいですね。また、おたよりBOXのユーザーは紙のプリントを保存するとその紙を処分してしまう場合が多いので、サービスが負う責任は非常に大きい。そのため品質テストには特に多くの時間を割くようにしています。

 

「自分たちは、ママではない」からこそ、良いサービスが作れた

――これまでのお話を聞いていると、「社内のママ社員にヒアリングした」というエピソードが多く登場しますが、これは他部署の社員ということですよね。

長谷川氏 そうですね。実は、おたよりBOXの開発チームにはママ社員が一人もいないのです。だからこそ、社内でのヒアリングはサービスを詰めていく上で生命線でした。このようなターゲットを絞ったサービスはどうしてもイメージ先行で考えがちですが、実際にユーザーとなる人に聞いてみると本当のニーズが見えてきます。

 たとえば、ママ向けサービスは“専業主婦”をイメージして考えがちですが、実際には仕事と育児を両立する多忙なお母さんが非常に多い。加えて彼女たちは、忙しい中でもライフスタイルを充実させたいというニーズを持っています。そうしたリアルなニーズに触れることで、自分たちに何ができるかを考えることは非常に重要だと考えています。

西尾氏 社内でのヒアリングを重ねたことで、社内にはおたよりBOXに意見を寄せてくれる“ママ友”がたくさんできましたね(笑)。もしも、自分たちが子育てをするママだったら、こうはならなかったかもしれません。社内の女性社員に気軽に意見を聞きに行けるニフティの社風も、サービス作りにとって非常に大きな要素だったと思います。

――最後に、今後のサービスの方向性やビジネスモデルについて教えてください。

長谷川氏 前述の通り、ダウンロード数は約18万を超え、継続利用率は非常に高いです。ボリュームとしてはまだまだですが、まずはサービスの土台が固まったのではないかと思います。日ごろからプリント整理に困っていたお母さんからは「悩みから解放された」「ママ友に勧めたい」という声もいただき、非常にありがたく思っています。

 今後は、電子チラシサービスの「シュフモ」やライフスタイルメディア「comorie(コモリエ)」といった他の女性向けサービスなどと共にブラッシュアップを続け、ユーザー基盤を強化していきたいと思います。ビジネスモデルについては、これまではまったく売上を出さないサービスだったのですが、今後は課金モデルを導入していく予定です。その第1弾として、5月10日にはクラウド上で保存したプリントを夫婦間などで共有できる機能を有料でリリースしました。

 今後もユーザーニーズを見極めながら機能を拡充していければと考えています。また、冒頭にお話した保育園や教育機関との連携も、決して諦めたわけではありません。将来的には、教育機関におけるプラットフォームとして活用してもらうことも視野に入れたいと考えています。